27年間都会暮らしが田舎暮らしはじめました

小布施町の地域おこし協力隊の日々のあれこれ

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いま、地方で生きるということ

   

小布施に、小さな本屋さんがある。
主には古書の取り扱いをしていて、新書のコーナーもある。
ここの本の品揃えと、そして陳列へのこだわりが好きで、私のお気に入り場所の一つとなっている。
スワロー亭(燕遊舎)

ここの店主がオススメしてくれたのが、タイトルにもある

「いま、地方で生きるということ」
著者:西村佳哲
発行:ミシマ社

だったのです。
センスの良い店主にオススメされたこともそうですが、何となく本の装飾やタイトルにも惹かれ、購入させていただきました。

1.まえがき

筆者の人柄が表れていた、まえがきの数ページ。
ミシマ社の代表、三島さんから「いま、地方で生きるということ」というテーマで執筆の依頼を受けた経緯が書いてありました。
そこでの一文、

“書ける気はいまだにしなかったけど、「書く」と決めた。”

嘘をつかない方だと思いました。
そして、この一文。

“まだ準備ができていなくても、「その時がその時である」ということ。思考はいつも、今ここにいる自分よりほんの少し古い。”

「その時がその時である」というのが、今の私には必要な言葉に感じ、なんとなく素直な気持ちでこの本と向き合える、そんな気がしました。

2011年3月11日の東北での震災を契機として、5月13日の午後から仙台へ向かう新幹線に乗ったところからこの本はスタートします。

2.東北で生きる人々との出会いと言葉

この本はルポルタージュ形式の様です。複数の方にインタビューをし、それらを中心に構成されていました。
ただ、初めからきっちりと構成が決まっているものとは異なっていて、筆者の道中の偶然の出会いも含めて掲載されており、不思議と一緒に同行させて貰っている様な心地よさも感じました。

インタビューの中での印象的な言葉をいくつか紹介していきたいと思います。

自然は言い訳ができないので、比較的早めに自分と向き合える。
ー塚原俊也さん(くりこま高原自然学校スタッフ)

場所というより「機会」みたいなものかな。自分は「機会」に身を置いて、そこで暮らしている感じがする。
ー川北ありさん

ただみんなが集まったところで、何も起きやしない。互いに自立してなかったら遊べないし、楽しくない。

それぞれが、「どこに行っても大丈夫」なぐらい自立していて、それで何か一緒にした時、本当に面白いことができるんじゃないかな。
ー柴田道文さん(CAFE GATI運営)

ばあちゃんの団子とかああいうものがもう食べられないのかって、すごく思った。「消したくない」と思ったんです。ああいうのは自分たちが引き継いでいかないと消えちゃうもんなんだなって。
ー柏崎未来さん

予測のつかない応答の中で、互いに融和的で好意的な関係をどう楽しむか?ということをやっていると、時間はあっという間に過ぎる。後から思い返してみると、その時間は質が違っているわけです。

こちらからまずは働きかけて、応答があって、また働きかけてゆくことで(生きている時間が)埋まってゆくんだよね。
ー徳吉英一郎さん

自分の存在が肯定されることを、私は求めているのかもしれないなと思う。ここはそれをしてもらえている場所なのかもしれませんね。

ここを活かすことが大事で。私がこの場所とやれることを、まずは最大限やるっていうことが大事。
ー矢吹史子さん

経済的な意味合いとは違う豊かさは、どれだけその場所に誇りを持てているかということと、身近な人をどれだけ尊敬できているかということ。
尊敬できる身近な人がどれだけいるか?というのは大事なことじゃないかな。

ー笹尾千草さん(ココラボラトリー代表)

彼らの言葉は、誰からか借りてきた言葉ではなく、自分たちが感じて自然と出てきた言葉だったように感じました。

それぞれになぜ、この言葉が出てきたのかという部分については本書を読んでいただきたいのですが、きっと読む人によって胸に残る言葉は違うんじゃないのかなと思います。

私が共通して感じたのは、彼らはみんなその場所やそこでの出来事と向き合っているということ。

変にその場所に固執をしているわけでもない、でもとても大切に思っている。

それが伝わるからなのか・・・読み進めていると温かい気持ちになるんですよね。
さて、場所は変わって九州編へと続きます。

3.九州で生きる人々との出会いと言葉

今度は九州に移ります。
ここでも、やはり印象的だった言葉を紹介していきたいと思います。

「行ってみればなにか起こるだろう」「自分がそれを受け入れられなかったら、また戻ればいいし」

住んでいる人たちが「自分の街を良くしていきたい」と思っている場所なら、自分もその一員になって、暮らしを良くしていけるものなんじゃないかなって。
ー酒井咲帆さん(写真家)

 

「来て働いてくれないか?」と言われたら僕は行く。で、その中で役割を見出せばいいと思っていて、(以下略

「土地のつながり」というのは、やはり揺るぎないものとしてあるというか。その場所にともに身を置くことでしか、感じえないつながりはある。
ー田北雅裕さん(九州大学大学院専任講師)

 

生物的な直感知や本能は大事にした方がいいと思うんです。

人は生かし生かされるものだし、人間関係を全部否定するのはおかしい。けれど、それがすべてではないという意味でバランスがとれたと思います。
ー星川淳(作家)

どれも響く言葉だったのですが、田北さんのお話に関してはとても興味を惹かれる部分がありました。

そのエピソードの一つ、
彼のまちづくりに対するスタンスが「当事者になる」「専門性を持たない」であるということ。

“専門的な方々について、その肩書きで地域の人々に出会ってゆくと、その専門性に対する依存も、線引きや抵抗も生じやすい。という。”
“田北さんはまず誰かと会い、その中で役割を決めてゆくことを大切にしていて、最初から役割が決められている場合でも、それに囚われずに動くことを心掛けているようだ。”

私は、どちらかというと専門性があった方がやりやすさはあると思っていたのですが、こういう方の重要性をとても感じましたし、何より私が地域おこし協力隊として、この1年で考えて動いてきた部分だなと気づいて、励まされた気持ちになりました。
だからなのか、

専門性を持たなくて良いんだ。

という一言がガツンと頭の中に入ってきました。

4.終わりに

田北さんのお話を受けて、そして全体を振り返って最後にこの本のまとめをしていきたいと思います。

「専門性を持たなくていい」
これは凄く難しいのだけれど、その人が置かれた場所にいる、そのことが既に意味のあることで、専門性を持たなければいけないというしがらみも無いのだなと思います。勿論、専門性を持ったって良い。

きっと人間は皆、ここで自分ができることは何か、と自然と考えるんだと思います。それが結局地方でも都心でも関係はないと思うんです。

大切なことは、インタビューで何人もの方が潜在的に伝えてくれている様に、今いる場所や状況にどう向き合うのか。

それは自分自身とも向き合うことになると思います。
その時感じた様に存在していれば良いのだと。

住んでいる場所を離れて別の場所へ行ったって、
働き方を変えたって、
人間関係を変えたって、
なんでも良いんだと思いました。

たまたま地方にいる人たち、その方が納得してその場所にいるんだということが伝わる一冊でした。

都心で納得してそこにいるならばとても良いと思うし、反対に地方にいて納得してない部分があるなら一度離れてみることも大切なのかもしれません。

地域おこし協力隊と重ね合わせると、もしかしたら隊員となっている人たちは、それまで自分の住んでいる地域に納得していない部分があったり、違った場所に立って自分と向き合う時間が必要だったから”動いた”のかもしれないなぁと感じました。

地方だから良いとか
都会がダメだとか

そういうことではない、もっと別のお話だなと。
この本のタイトルから着地した場所は”自分の在り方”でした。

気になった方は是非、一読してみてくださいね。
それでは〜。

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